Monday, March 26, 2012

茨木のり子

●自分の感受性くらい ---- 茨木のり子

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

��しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近�のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

�目なことの一切を
�代のせいにはするな
わずかに光る尊�の放�

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ



●倚(よ)りかからず --- 茨木のり子 ※73�の作品

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学�には倚りかかりたくない
もはや
いかなる�威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ



●わたしが一番きれいだったとき --- 茨木のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが�えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人�が�山死んだ
工�で 海で 名もない�で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
�もやさしい�り物を捧げてはくれなかった
男たちは�手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)�っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの�はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は�争で�けた
そんな�鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし�いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁�を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは�国の甘い音�をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから�めた できれば�生きすることに
年とってから凄く美しい�を描いた
フランスのルオ��さんのように ね



●知命 --  茨木のり子

他のひとがやってきて
この小包の� どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらかった糸の束
なんとかしてよ と言う

�で切れいと�言するが
肯じない
仕方なく手�う もそもそと
生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
�山のやさしい手が添えられたのだ

一人で�理してきたと思っている
わたくしの�つかの��点にも
今日までそれと�づかせぬほどのさりげなさで


 
●�屋 -- 茨木のり子 
 
人が 
�まなくなると
家は 
たちまちに蚕食される
何者かの手によって
待ってました! とばかりに

つるばらは伸び放�
�々はふてくされていやらしく繁茂
ふしぎなことに柱さえ はや投げの表情だ
�丈そうにみえた木� ひきちぎられ
あっというまに草ぼうぼう 温�にむれ
魑魅魍�をひきつれて
何者かの手荒く占�する�配

�さえなく
吹きさらしの
�炉�の在りかのみ それと知られる
山中の�居
ゆくりなく ゆきあたり 寒�だつ
波の底にかつての�所�を
�てしまったときのように

人が
家に 
�む
それは�えず何者かと
果敢に�っていることかもしれぬ


●ぎらりと光るダイヤのような日 --- 茨木のり子

短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の

お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位�くのだろう
教�は同じことをどれ位しゃべるのだろう

世界に�れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに�くだろう


本当に生きた日は人によって
たしかに�う
ぎらりと光るダイヤのような日は
��の朝であったり
アトリエの夜であったり
果��のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ

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